新年の恒例として、当山では鉄拐仙人の画像を床間に掲げて祝うことに成っている。
 鉄拐仙人の姓は李。早くから仙術を学んで、精神を体から分離する「離魂の法」に熟達していた。
 鉄拐は老子と交遊深く、時々華山で会っては遊んでいた。
 或る日のこと、老子に会うため出掛けることにして、門弟に云いつけた。
「わしの体はここに置いて精神だけで出て行く、七日までには帰るから、わしの体はそのままにして置いてくれ。七日たっても帰らなかったら、お前の気の済むようにせよ。」
 命ぜられた門弟は、母親おもいの男だった。鉄拐が出かけた後、門弟の母親が危篤だという使いが郷里から来た。
 然し
(七日までは待たねばならない。)
 門弟は必死になって日の過ぎるのを待った。
 その間も鉄拐仙人の様子を見ると、先ず呼吸をしていない。そればかりでなく、鼻の穴から蝿の生んだ蛆が出入りしている。死臭も鼻をつく。
(これは駄目だ。焼こう。)
 弟子も見限った。未だ六日目だが腐って了ったものは仕方が無い。裏庭で荼毘にして了った。
 ところが七日目、老子と別れて帰宅した鉄拐はビックリ仰天した。
(這入る可き骸がない)
 のである。これでは人間界にもどれない。
 もう仕方がない、莫迦な弟子を叱って見ても、死骸を見付けなければ人間にも仙人にも戻れない。
 ところが必死に捜せば何とかなるもので、裏手の竹林の中に手頃な死骸が転がっていた。 鉄拐はその中にもぐり込んだ。
 これが箸にも棒にも掛からない不細工な乞食だったんだから鉄拐も辛い話だ。
 醜い乞食の姿で立ち戻った鉄拐を誰も信用しては呉れない。
 そこで止むを得ず秘術の離魂の法を、衆人の環視の中で実施して見せて、始めて納得されたというのだからシンドイことであった。
 正月の床間の掛軸は、鉄拐仙人の離魂の法の絵である。
 今の私共は辛いこと嫌なことが多すぎるが、鉄拐仙人の離魂の法のようにこの世を逃避出来たら、如何程楽なことやら。
 正月はこんな夢でも見たいものである。
 下の写真が当山所蔵の掛軸ですが、一般展示の予定はありません。
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