• 本堂(観音堂)
  •    創建当初の本堂については不詳でありますが、記録によれば建長6年(1254)宗尊親王深く当山観音を尊崇し、由緒ある仏堂が朽壊しているのを嘆かれ、 執権北条時頼に諭して当山本堂を再建せられたといわれ、工竣成して後三百貫文の封を賜ったと伝えられています。
       文明6年(1474)真壁城主真壁久幹及び舎弟高幹の両名の合力 によって五間四面の本堂が落成しました。その後本堂狭隘をつげるに及んで大永6年(1526)真壁治幹大檀那として七間四面の堂宇に改築されました。
       天和2年(1682)第十七世文昭は十万人講を勧進してその資金を得て、遂に現存の大本堂を建立するにいたりました。
       入仏落慶の棟札によれば笠間藩よりは藩士20名足軽20名の警固の出役を記してありますが、特に笠間藩の経済的助力もなくして、このような偉業をなしとげた蔭には、延命観音への庶民信仰が如何に定着していたかが判ります。 又、本堂内外の彫刻は、江戸の人無関堂円哲の刻んだものです。
       その後平成10年秋に、屋根瓦葺き替え及び塗り替えを行いました。

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