寛政4年(1792)徳川幕府の旗本鈴木氏が、20坪の書院を建立して奉納したが、その後文政3年(1820)、笠間藩主牧野越中守貞明公が、笠間城内の書院を当山に移築して寄進されました。 現在の建物は、昭和59年7月に奥の院西側より移築したものです。 牧野公は、この旧書院で俳句の催しを致したと記録されており、そのおり牧野公は 「振り向くは 泣く子の親か 田植え笠」 と発句したと伝えられております。